剣の舞

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思想


五郎八いろは姫、アンタに命ずる」
手のひらで弄ばれていた苦無が空を切り、五郎八の横顔寸前の所で木の幹に刺さる。
「俺は一仕事限りの契約忍けいやくしのびだ。金銭以上の関係はない。だから―――」
カラスは冷徹に、率直に告げる。
「これ以降、俺の主君になれ」

一仕事限りの契約忍、黒神くろがみカラスは出羽沿岸部に位置する村を訪れていた。
農民が畑を耕し、商人が街道で市を開く。決して飢えることのないこの村は、旅人たちの休息の場と知られていた。だが、今日は穏やかな賑わいを乱す凶報が届いていた。
奉行所の前の立て札は人々の視線を集めている。人だかりでその凶報を直接確かめることができないと、判断したカラスは諦めてその場を去った。
思えば人だかりが出来るほどの凶報など、村を歩けば否が応でも耳に入ってくるはずだ。
「おい、聞いたか。米沢の主が討たれたって」
「伊達の姫が来てるって本当?」
「謀反者は血は絶やすとか言ってたらしいぜ」
「だったら此処に姫がいたら危ないんじゃないの?」
米沢の主が討たれた…?
村を歩けば皆、同じ話をしている。よくよく、聞き耳を立てれば、4日前、奥羽の国主が血縁関係のある家臣から謀反を受け、居城や城下町を焼きだされたという事らしいのだ。
国主の遺体は居城の残骸からは発見されず、安否及び行方不明扱いとなっている。
さらには国主の娘で奥羽の姫も行方不明となっているそうだ。
その奥羽の姫がこの村に来ている。
一族の血を絶やすならば、謀反者は間違いなく姫を討ちにくるだろう。
ただ、その姫が生き延び、この村に来ているのなら、だ。
そんな者を気にするよりもまずは主君探しだ。
主君が居ないのなら浪人と一緒、収入がないのなら賞金首を捜し出して奉行所に突き出すか…。
何より、もうこれ以上の飯の食い上げは避けたい。
「―――っ! ―――っ!」
前方の道筋から喧騒のざわめきが聞こえる。
面倒ごとは避けるのがカラスという忍だ。くるりと踵を返し、方向転換をする。そのまま、別の道から回ってこの村を去り、主君探しをする。自分の野望を達成するまでの近道だ。素直にそう思っていた。
ただ、飛来した鈍器が、後頭部に直撃するまでは、だ。


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